店長紹介

新潟生まれ長野育ちの旅行が大好きな39歳(昭和53年生まれ)です。

富山の大学時代、総勢60名の人形劇団サークルに所属し、幼稚園や小学校をまわって公演活動を行いました。

子供たちに自分たちで作った劇を見せて、喜んでもらうこと、楽しんでもらうことが最高の喜びになり、単位が足りず留年してしまうほど、サークル活動に没頭しました。でも、その時の喜びが僕がサービス業の家業を継ぐ原点になりました。

たくさんの仲間とサークル活動を通して喜怒哀楽をともにしました

店長 笠原康太郎

大学が終わった後、実家の家業を手伝うために長野に戻りました。
今の「和食処千曲の郷」の前身である海鮮割烹料理屋に入り、そこから修行が始まりました。
親の家業とは言え、周りにいる板前さんには厳しく育てられ、寝るまも惜しんで、和食料理を猛勉強しながら経営者である父親にはお客様に喜んでいただける接客の心や経営を教えてもらいました。

そんな父親には親子だからこそ、未熟ながらも反発したり、言われたことを素直に受け入れられない事もしばしば。変に頑固なところは、父親ゆずり。事務をやっていた母親も、この二人の関係には困り果てていました。
そんな関係でも、父親からは仕事を通じてたくさんの事を学ばせてもらいました。
4年前、父親は僕に早く一人前の経営者になってもらいたいことと、もう一度大学に通いなおしたいという想いから、お店を離れ、東京で一人暮らしの学生生活を送り始めました。

父親がそばにいるときには威勢のいいことばかり言っていた僕も、父親と同じ経営者の立場になって初めて、本当の大変さや苦労を経験しました。
でもそんな環境や経験が自分を育ててくれたと今では思っていますし、父親はそれを望んだんだと思いました。

そんな父親が肺気腫で昨年他界しました。今まで、うるさい事もたくさん言われましたが、今考えれば、なるほどなあと、納得できることもたくさんあります。

父親ととった最後の写真

そんな父親には、子供の頃、よく外食に連れて行ってもらったことが思い出に残っています。
子供の僕にとっては、おいしいものが食べられて、会話も弾んで、楽しいひとときだったからです。
家族に笑顔が増える、家族の時間がより幸せに感じられる、そんな時間や空間が大好きだったんです。
そんな気持ちは今でも変わりません。
お店でも、ご家族で集まって、楽しそうにお食事をしている光景を見ると、心が温まります。
また、赤ちゃんのお食い初めをやったご家族が、お子さんの成長に伴って、七五三や入学祝いなどでも集まって、お祝いすることもあり、そのご家族のお子さんの成長していく姿も見ることができるのも楽しみの1つです。

僕自身も今年の9月に結婚式を挙げました。
お相手はホール主任の辰野です。彼女には自分が大変な時期にも本当に支えられました。
そして3年ほどの交際をへて、ゴールイン!
これから自分自身も家族を持って、いろんな時間を過ごしていけるのを考えるとワクワクします。

たくさんの方に祝福された忘れられない一日。

そして30年以上、父親がいろんな事を犠牲にしてまで守ってきたお店、そしてたくさんの大事なものを残してくれたお店を、スタッフとともにこれからも盛り上げていきたいと思っています。

一生懸命なスタッフと毎日楽しく仕事してます

趣味は温泉旅行です。
今までも、箱根、伊豆、熱海、下呂、高山、東山、伊香保、草津、三国、片山津、氷見、鬼怒川、白骨、那須、日光、みなかみ、野沢など様々な温泉に行きました。
まだまだ関東甲信越や北陸までしか足を延ばしてませんが、目標は全国各地の温泉制覇です。

プライベートも満喫したいっ!